自分史 黒鯛三平物語3

時代は1999年3月に逆戻りします。

「黒鯛三平自分史③」

ダンゴ釣りから、いきなり磯に出てのフカセ釣りに転向したオイラ。
通常、ある程度、防波堤なり、地磯なりで経験を積んでから渡船で沖磯に、という人がほとんどだと思うけど、
「人生、行き当たりばったり」
のオイラとしては、出会いはチャンス、チャンスはのっかとけ、という主義、というか体質なので、渡船での釣りを繰り返していました。
しかし、護岸でのダンゴ釣りのような訳にも行かず、悩みを繰り返していたが、救世主達「TEAM 黒鯛」の人たちに声をかけられ、本格的な磯チヌ道に邁進する事になったのです。

このクラブの代表で(会長は毎年持ち回りだった)釣具屋さんを営んでいるKさんのところに、チョクチョク(ほぼ毎日)出入りするようになったオイラ。

毎日毎日、ありとあらゆる質問攻め。誠実に豪胆に応えていただいていました。

で、ある週末、土曜日にオイラは得た知識を試すために、一人で磯チヌ釣りに。
「×××に行ってみーや」
と、いうKさんのおススメポイントへ。ばっちり、攻略法も伺って、いざ出陣と、行ったところだった。
そぼ降る雨の中、教えてもらったメソッドでマキエサを撒く。

仕掛けを入れる。潮目を攻める。そして、それを丁寧に丁寧に繰り返していた。

ウキか入る。まさにKさんに教えてもらったとおりの展開だった。
「すげぇ・・・」
と思いながら、なかなかのターゲットと対決。

ガバっと口を開いてあがってきたのは40センチくらいのチヌ。

しばらくボウズが続いていたオイラは喜びの極みだった。
「一匹釣れたら次もつれるよ!!」と言われていたのを思い出し、チヌをスカリにいれ、いい気になって再度チャレンジ。
ウキにパラパラとマキエをかぶせて、アタリを待つ。

実に魅力的なウキの入り方!!!

チヌ釣りに没頭してしまっている諸兄の皆様、チヌ釣りというのは、「チヌの独特の引き」「チヌ釣りのパターン無きパターン」が最高に面白いですよね。

でも、もう一つ!あのウキがジワジワモジモジとしもって行く瞬間、あれってたまりませんよね!!!!!

と、話は戻して、ウキがモジモジと入り込む。あわす。

これまで感じたことの無いパワー。
「とっとんでもねぇ気だ、立っているのも怖えぇくれぇだ」
という感じだった(笑)

無我夢中とはこのことだが、ほぼ10年前のことだが、あの瞬間の事は、今でも鮮明に覚えている。
当時はレバーブレーキ付のリールではなく、ダイワのシーガルZを使っていた。ドラグを閉めていたので、ビビッて何度もフリーにして糸を出した。
竿は、大島の1.5号の4.5メートル。
1.5号とはいえ、短く、細い竿だ。ロッドパワー云々の話ではない。

出して、巻いて、しのいで、腰が砕けて、を繰り返し、浮かんできたチヌは、当時のオイラとしては想像もしていなかった大きな口。
ガッバッと大口を開けて浮いてきたチヌを、モタモタと何度も失敗しながらタモ入れする。
使用していたタモ枠45センチから数センチ尻尾がはみ出ている。

足が震えた。メジャーを当てると47センチ~48センチ。何度も計ったけど、当時はあまり計り方も分かってなく、検寸台に乗せてちゃんと計ったら、48.5~49くらいあったと思う。

実は、その翌日は、オイラの「結納の日」であった。

これを持っていけば、まさに結納に花を添えることができる・・・
などと、思っていたのだが、とんでも無い悲劇がオイラを待ち受けていた。
釣っている最中から、けっこう、風と波のウネリが強かった。
スカリにチヌを入れ安心し、それでも釣っていたが、正直、「今日はもういいな・・・」などと思っていた。
でも、釣りは最後まで何があるか分からない(笑・・・マジで)

マキエも残っており、もくもくと釣りを続けていた。

足元にチヌの魚影がチラッと見えた。
「あっデカイ!!まだ、いるんだ!!!」
と、思った矢先!!不安が脳裏をよぎった

(つづく)

自分史 黒鯛三平物語2

ドモドモ、黒鯛寅次郎です。
第二話です。

呉ポートピアパークのダンゴ釣りで40オーバーをゲットし、ウハウハだった。初心者時代のオイラ。
なにせ、ずらっとならんだジイチャン先生たちほとんどの人が、その場所で40オーバーを釣っていなかった。
自分のラッキーに喜んでいたが、その中の、もともとフカセ師でダンゴをしていた、オジサマが
「ニィちゃん(当時はオイラもニィちゃんだった。だって26歳だよ♪)いいの釣ったね。フカセしたらいいのに。そんなのが一日に何匹も釣れるよ」
という、誘惑のセレナーデのような言葉を発する。

とはいえ、5000円前後の磯竿をやっとこ買っていたオイラに、なにやら金のかかりそうな話は、まるでガード下で飲むのが至極の楽しみの人に、高級クラブでの楽しみを教えられたようで、戸惑いを隠せなかった。

とはいえ、この40センチ級が、いつでもバッタバタと釣れる世界(んな事はないんだけどね)、揺れる想いを体中に感じてしまった。

さてさて。

とはいえ、先立つものが無くもないけど使いたくも無く、ダンゴ釣り自体も楽しかったので、晩秋まで飽きもせず毎週ポートピア詣で。
ダンゴで釣って釣って釣って・・あら、あらら。

11月も終盤になると食いは落ち、12月になると、ジイチャン先生たちの姿もまばらになるほど釣れなくなってしまった。
せっかくの玩具を取り上げられて、ショッキング。

まさに、身も心も「冬がはじまるよ♪」であった。

そんなこんなで、メバル釣りなどをしてみるもいまいち、食味は満足するものの釣り味は・・・

どうしても、チヌが釣りたい・・・と思い悩んでいたら、仕事関係の広告代理店の方に誘われて大島に磯チヌを釣りに行くことに。
よろこび勇んでついて行って、かなり地磯を苦労の末歩いて、「さあはじめましょう」とスタートしたすぐに漁師が来て網を仕掛けられてしまい、ほとんど釣りにならなかった、苦い磯デビューであった。

フカセ釣りという選択肢を得て、これからはこれもありかな・・などと思っていたら近状の「あけぼの釣具川尻店」にて、とんでもない話を聞く。
「この間もうちのお客さんがチヌを10数枚釣って・・・」
「枚数が出ないところでも40アップが4―5枚は・・・」
と、とっても素敵な情報を耳にする。

さっそく、連れて行って下さいっっっとお願いし、初の渡船での釣り。
今となれば、この地区最高の磯のひとつである、柏島の「腰掛」というポイントに下りたものの、ダンゴ釣りしかしてこなかったオイラにとって、この急流ポイントは「新参者への洗礼」かと思うほどだった。

今思えば、よだれ物の潮の流れを前に「どうやって釣るの?」と涙目になっていたのだ。

振り返ってみると、常にオイラは新しい香辛料を求めてコショウを発見した連中のように新しい刺激を常に求めている。我ながら猪突猛進な猪年男である。とまっている事が出来ないのである。

とはいえ、初の渡船釣りはバラシ1枚とゲット2枚。多種多様の他魚もゲットして大満足だった。1月の中旬にもなるとさすがにこの地区も厳しくあまの釣れなくなった。

そんな中、異様にチヌを釣っている連中がいた「TEAM黒鯛」の面々だ。

のちにオイラの師匠となったKさん、Kさんの一番弟子Oさん、Mさんの三人組が空っぽのオイラのクーラーの中に山ほど魚をくれた。グレにチヌにもうワンサカ。

Mさんが「せっかくやるなら、ひとりでやってもうまくならんで、うちのクラブに来てみいや」と誘ってくれた。

当時から誘われることは徹底的に断らない主義のオイラは、さっそく一歩も二歩も踏み出して見ることに!Mさんの紹介でKさんの営む釣具屋さんに出入りするようになり、一緒に釣りにいってもらうことに決定したのだった。

だが、その前の1999年3月20日忘れもしない悲劇がワシを待ち構えていた・・・・

(つづく)